イメージキャラの「たいようくん」です

 

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999年

三女ゆめも前年の11月に1歳を迎え、いよいよキャンプデビューの年となった。今までの3人が1〜2歳で問題なくデビューできたので、ゆめも雛が巣から飛び立つようにデビューできると思っていた。でもこの雛は今までの雛とはずい分違っていた。


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1999年3月26日〜28日 岡山県トムソーヤ冒険村カージス丘のコテージ村

ゆめのキャンプデビューを控え、2度目のトムソーヤ冒険村のコテージ泊だ。ここのコテージはロケーション的に最高で人気も高く、天気が良ければ子供たちは勝手にアスレチックで遊び、大人はのんびり過ごすことができる。今から思えば前途を予感させるように2泊3日の間すべて雨だった。津谷キャンプ場といいトムソーヤ冒険村といい、勝田町とは相性が悪いみたいだ。子供たちは、念のため持って来ていた人生ゲームで盛りあがっていたが...

前回泊まったとき、水のカルキが強かったので水を持参してきたが、2日目の昼にはなくなってしまった。母から水汲みの命令を受けるが近くに水場はなく、車で山道を往復約2時間かけて東粟倉まで名水愛の水を汲みに行った。1番のんびりできるはずの2日目を水汲みで潰した父であったが、その頃母は昼寝をしていたらしい。

 

1999年5月21日〜23日 岡山県経ヶ丸オートキャンプ場

1歳6ヶ月で三女ゆめのキャンプデビュー。自宅から経ヶ丸キャンプ場まで約1時間30分かかるので、小学校の帰りを待ってから出発しては真っ暗になってしまう。ということで、設営隊と人員輸送隊の2隊に分かれて出陣することになった。前者は私ともりてつさんの父チーム、後者は母子チームである。父チームは予定通りPM3:00に到着し、無事その任務を完了した。母子チームはPM6:00過ぎに到着した。父チームは中年男性2人がキャンプ場を訪れ、母子チームは女2人に子供6人で登場したので、子供を連れて家出かと怪しまれた。(思いこみかもしれないが...) 1日目の夜、ゆめが突然夜泣きを始める。フリーサイトには我々のほかに1家族いたので、母は車の中で一夜を明かす。翌朝謝りに行ったが、気がつかなかったらしく少しほっとした。

2日目は土曜日ということもあり、サイトはすべて埋まり満員御礼となる。前夜のこともあり、母は最初からゆめをつれて車中泊する。

 

1999年7月25日〜27日 岡山県津谷キャンプ場

今回は会社の上司(といっても固い関係ではない)家族とキャンプ。晴天の中キャンプ場へ向かい、キャンプ場へ到着すると風がでてくる。そのうちおさまるだろうと高をくくる。タープを2張りしていたが、突風で上司のタープのポールが継ぎ目から折れる。雨の気配がないので、タープをしまい青空食堂にする。その夜、我が家のテントの風上側が風で浮くので、体重が一番重い父が風上側で重しになるが、突風の度にテントごと身体が浮きあがり寝たような気がしなかった。翌日も風の状況は変わらず、また父がテントの風上側で重しになる。父の寝不足は続くが、母も眠れなかったようだ。それでも子供は眠っている。羨ましいかぎりだ。翌朝強風の原因が分かった。出発前にはなかったのに何と台風が発生していたのだ。強風に雨が混じるようになり、慌てて撤収を行なう。風上側の我が家のテントから畳む。テントの中に重し用にバッグを置いていたが、母がそれをとってしまった。その途端テントが飛ばされそうになり、ペグダウンしていたフライシートが破れる。慌ててテントを押さえ、破れたフライを外し、フレームをたたむ。今度は風除けの無くなった上司のテントが広げたセンスを畳むように潰れた。3次元から2次元へ、立体から平面になったのだ。

いまさらどうのこうのいってられない。とにかく車に積み込んで帰宅した。

帰宅後テントの損害状況を確認すると、フライシートは破け、ポールはいびつに変形し、継ぎ目は楕円形になっていた。鉄パイプとハンマーで修正したが、元通りというわけにはいかなかった。フライシートはL.L Beanのジャパンデスクに問い合わせ、アメリカからの取り寄せで、送料込みで円に換算して約2万円との回答を得た。破れた箇所を取り敢えず縫い、来年のシーズンまでに新しいテントを買うことに決めた。

 

1999年8月22日〜24日 岡山県黒木第2キャンプ場

もりてつファミリーとコンビ復活。久しぶりに黒木キャンプ場へ行く。キャンプ場が近付くにつれその豹変ぶりに驚いた。前年の台風で林間の第1キャンプ場は跡形無く更地になり、シンボルの吊り橋は流出していた。キャンプ場へのアクセス道は崩れ通行止め。キャンプ場の対岸に車を停め、一輪車で太鼓橋を渡っての荷物運びだ。我が家は荷物が多いせいもあり、5往復を余儀なくされた。

翌日、午前中はお日さまが顔を出してくれました。さっそく子供たちはテントサイトの横を流れる倉見川で水遊びをする。私もちょっと入ってみたが、水が冷たい。長時間は浸かっていられないが、子供たちは元気で、ほっとけばいつまでもいつまでも水遊びをしていた。川に転がる大岩は、前年の台風で流されてきたと管理人さんは言っていた。凄まじい自然のパワーには驚くばかりだ。そうこうしているうちに空が真っ黒になる。子供たちを川から上がらせる。あっという間に豪雨となる。今まで天使の顔をしていた川が悪魔の表情に変わる。子供たちがあのまま遊んでいたらと考えるとぞっとする。

夕方のように薄暗くなり、炊事棟に行った母はその後30分帰ることができなかった。バケツを引っくり返したようなとはまさにこういう時使う形容詞だ。

来シーズンはクビになるテントが浸水した。シーム部分からの浸水だ。引退を目前にまさに満身創痍の状態が続く。最後の最後まで苛酷な条件で使われ続けたテントであった。

 

1999年9月10日〜12日 岡山県吉井竜天オートキャンプ場

5月の経ヶ丸と同様に父チームと母子チームに別れて出発。最近我が家のテントの上には常に雨雲がついている。今回も設営と同時にしとしとと雨が降りだした。ビールを飲みながら母子の到着を待つ。またまた怪しい中年男性2人と家出女房だ。

翌日も朝から雨。昼から退屈そうな子供たちを連れて出かけることにする。どういうわけか国道まで下ると雨は降っていない。道も濡れていない。ノアだけが水玉をいっぱいつけている。暑くてたまらないくらいのピーカンであった。日本は3日に1日は雨が降るらしいが、今年のキャンプは3日に1日も晴れてくれなかった。「あした天気になぁれ!」は家族みんなの願いだ。

 

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